天気の子 ネタバレ。 天気の子(映画)で銃の必要性の意味の考察は?ラスト結末ネタバレと感想は?

天気の子|四葉/三葉(みつは)/瀧/テッシー/サヤちん登場シーンはどこ?

天気の子 ネタバレ

見てきたので話します。 当然ネタバレはあるので気にする人は早く見てください。 余談ですが、いい文章というのは最初に結末を言って話の終着点を読み手に教えるものだそうです。 俺はこの映画、ストーリーは手放しに褒められないかなあという感想で、それ以外はとてもよかったと思います。 概要 ざっと作品のバックグラウンドをおさらいしつつストーリーを追っていきたい。 お話については俺も一回見ただけでうろ覚えだから、頑張って思い出していきましょう。 まず作品のスタッフ等の説明だがぶっちゃけいらんでしょこれ。 『君の名は』の 、に引き続き主題歌は 、キャラデザはあの花等々でも有名な。 要するに君の名はの再来。 人々はがこの世のすべてを手にするのかあるいは単なる時の人として朽ち果てるのかを見定めるために劇場へと足を運んだ。 結果は数字に聞いてください。 そしてストーリー概要。 ちょっと長くなります。 半分は俺が思い出すついでに書きたいだけなので興味なければ読み飛ばしてほしい。 主人公の帆高は家出少年。 田舎なんてクソくらえだと島を飛び出し、フェリーに乗って都会までやってくる。 都会ってこえーとか言いながら世間の厳しさに精神を削られ、雨に打たれ都会で寸前。 それでも帰りたくないと猫に呟くマン。 そんなとき偶然出会った須賀とかいうおっさんに拾われて住み込みでライター業の手伝いをすることになる。 ここからはちょっと楽しげ。 須賀や夏美と一緒に雨の降る都会でどうにかこうにかやっていく主人公。 挿入歌と共に疑似家族に見えなくもない三人の生活が流れ、観客が 「あれ、ヒロインはどこいった?」と疑問を抱き始めた頃、バーガー屋以来の陽菜登場。 ヤクザまがいの男たちに怪しいマッサージ屋さんで春の投げ売りを強要されそうになっている彼女を助けるため、主人公は なんかその辺で拾った銃を発砲。 ついでによくわからん廃ビルに不法投棄。 その後、 100%晴れ女として現れたヒロインを主人公はビジネスパートナーとして認め、 二人は日本の経済界へと足を踏み入れる。 ここからが楽しげなくだりその2。 家出少年で後ろ盾がない主人公と、両親がおらず同じく後ろ盾がないヒロインとその弟は、晴れ女というファンタな力を使ってマジの荒稼ぎをする。 やってることはファンタだけどその動機が切実なんだよね。 金なんだよ。 二人はファンタの力で現実を圧倒する。 雨の都会を晴れにし人々を幸せにし自分も幸福を手にする。 ここまでが楽しいパート。 物語中盤。 主人公を探す警官、天気の巫女と代償の話、その他諸々が徐々に主人公を侵食し、ついに警官から追われ始める主人公。 娘の引き取りとかいう現実的な望みを守るために主人公を突き放す須賀さん。 晴れ女ビジネスどころの騒ぎではない。 居場所を失った主人公とヒロインと凪先輩は、 「みんなで逃げよう」の一言で逃走劇を図る。 みんな大好き少年少女の逃走劇は映画ではありがちだがやっぱり絵になる。 しかし雨どころか雪が降りだした都会で主人公たちは再び現実の厳しさを知る。 冒頭で主人公が経験したのと同じことを今度は三人でやって、警官に捕まりそうになるもなんとか落雷で撃退。 ラブホに見えてラブホじゃない(いややっぱラブホなのか?)ホテルに三人で泊まり束の間の幸せの後、人柱として消えるヒロイン。 なんやかんやで捕まる主人公。 そしてなんやかんやで脱走する主人公。 陽菜に会いたいということで今度は警官とのカー。 映画のおいしいとこめっちゃやるねって感じで 線路の上を全力疾走する主人公の姿はもはや王道。 下界の民になにあれ草生えるwと笑われながら別に速くもなんともない速度でわりと長い間走り続ける主人公は、 厳しい現実にファンタ無しで立ち向かった象徴。 そんな感じで例の廃ビルで失われし拳銃を使い腐った大人共に啖呵を切る。 なんかいつの日かうっかり撃ってびっくりしちゃったあの拳銃をぶっ放して、腕を震わせながらもビビってないぜと大立回りをすることで決意の強さをアピール(?)する。 そいで須賀さんを味方につけ、ようやく陽菜の元へ。 すごいイイ感じの挿入歌と共に空中をぐるぐる回りながら陽菜に向かって愛を叫ぶ主人公。 陽菜がいてくれたら世界なんて狂ってたってどうでもいいということで人柱は解消、東京は沈没、主人公はお縄。 そして三年の月日が経って大学生になった主人公は都会へ戻ってくる。 え、数年後に再会する流れとか君の名はと同じじゃん、と視聴者に思わせて特に裏切りとかもなく、ちょっとぐだぐだやりながら須賀さんを経由してヒロインの元へ。 雨が降りしきる中、思い出があるようなないような坂道を登ると、そこには天野陽菜。 天気はまだ狂ったまま。 なんで泣いてんの、大丈夫? そう聞かれて主人公は、 「僕たちは、きっと大丈夫だ」と答えて締めくくる。 そんな感じ。 概要がマジでなげえ。 センスがないのは百も承知だけど、要点をまとめられる気がしないのでやむをえず全部書きました。 要点がまとまらないのは俺のせいか? それともストーリーのせいか? こんなんでこの記事は本当に大丈夫なのか? じゃあ本題に入ります。 雨の降る現実、晴れ女というファンタ 音楽が良い、絵がヤバい綺麗。 そんなことは猿が見てもわかるのでいちいち書きません。 俺は根がお話を読む人なのでストーリーというかテーマ性について書いていきます。 正直言って、 今作のテーマやストーリーを一言で語るのはかなり難しいと思う。 ストーリーは「主人公が晴れ女と出会う」お話だけどじゃあ出会ってなにするの? っていうとただの金稼ぎ。 テーマ性的にもなんか不明瞭な気がしてならない。 天気の問題で人柱がどうとか聞くと、世界を取るか大切な人を取るかみたいな話に思えるけどそれほど強い印象はない。 だいたい人柱とかいう単語出てきたの中盤以降だし、 なんか結局晴れ女の設定が上手くストーリーに絡んできていないとさえ思える。 むしろ物語冒頭~須賀さんちに住み込みの流れだけ見ると、家出少年が都会に揉まれながら現実と戦う話としての方がしっくりくる。 で、俺が脳内でまとめたものが見出しの通り。 答えなんて知らんがとりあえずこの方向性で話を理解していきたい。 物語は家出少年が厳しい現実に苦労するパートから始まる。 バイト先は見つからないし、大人はみんな主人公に冷たい。 こういうので本当に誰も主人公に優しくしないのは見てる方としても結構辛い。 これらはすべて雨の降る都会を背景に進んでいく。 それに対して、主人公がヒロインの陽菜と出会ってからは、100%晴れ女の力を使ったファンタによって明るい背景が続く。 これらの楽しくて幸せなシーンはだいたい陽菜の力のおかげで、その由来は鳥居をくぐっただけという大して説明のないファンタ設定。 雨の止まない都会を晴れ女の力でぶっ飛ばすというのが予告にある通りの設定であり、重要なところ。 でも結局、ファンタの力には代償が伴う。 陽菜はなんか消えそうになるし人柱がどうとか言われ始める。 でも辛いのは現実も同じ。 主人公はお尋ね者だし、須賀さんには見捨てられるし、にはみなしご扱いされて居場所を奪われる。 まだクソガキで現実に対抗する手段を持たないから、主人公が捕まりそうになったとき、陽菜にできたのはファンタの力で落雷をぶっ放すだけ。 それで結局どうしようもなくなって、主人公に「晴れは好き?」なんてしょっぱい質問を投げて、「好きだけど」ぐらいのしょぼい回答だけを頼りに陽菜は自分を人柱にする。 狂った天気を治すためとかいう大層な言い分を掲げてるけど、主人公も弟も救えてない。 ファンタで色々誤魔化してるのはストーリー的なご都合主義の問題か、それともどうしようもなくなった陽菜の決断か。 まあいいけど、とにかく主人公はそれじゃ納得しなかった。 「天気がいいとなんだか気分も軽くなる」的なことを言っていた主人公も、めちゃくちゃ天気がいいのに大事なものを失って最悪の気分に。 そこでやっぱり 主人公は陽菜を取り戻すため、現実と戦う。 具体的にいうと警察との追いかけっこ。 やってることはハリウッド並だけど今度はファンタにもなんにも頼らず、現実に対して現実の手段で対抗する(かなりフィクション寄りで非現実的とはいえ)。 ついでに拳銃も拾って、娘の問題という家庭的で現実的なそれを抱えている須賀さんを消し飛ばす。 現実を受け入れるのでも諦めるのでもなく真正面から拳銃突きつけて戦っていく姿勢を見せて、ようやく陽菜に会った主人公は、天気の狂った世界でもいいから陽菜と一緒にいたいと告げる。 エピローグで、東京は結局雨に沈んだまま。 でもまあ歴史的に見ればそういうこともあるっしょみたいに納得して、ある程度成長した主人公は帰ってくる。 変な光(=晴れ女ファンタパワー)に焦がれて現実逃避紛いの家出をしたときはめちゃくちゃ苦労したバイト探しも、順を追って高校を卒業し大学生にさえなってしまえば引く手あまたで超余裕。 なんかもやもやした気持ちで、でも結局彼女にはなんていえばいいんだ? と頭を悩ませながら再会した陽菜に向かって、「大丈夫」の一言。 雨が降ってても問題ない。 現実が厳しくても大丈夫。 僕たちはやっていける。 雨が降ったままの辛い現実を受け入れて、その上できっと大丈夫だとヒロインを安心させる主人公は、もうファンタに頼る必要がないのだと、そういう感じのストーリー。 ストーリーが迷子 そういうわけで気になった点を挙げていきます。 まず一番に気になったのは これなにする話なのって点。 特に表題にある天気についてだが、これが明確にストーリーラインを形成しているかというとだいぶ怪しいのがその原因だと思う。 まず天気がずっと雨なのに対し、それ自体がなにか具体的な被害を主人公たちに及ぼしているわけではない。 どちらかというと演出に近く、登場人物たちもずっと雨降ってて憂鬱だなーぐらいにしか思っていない。 序盤、 主人公にとっての問題は都会でどうやって生き延びていくかに焦点が当たっている。 だからヒロインが100%晴れ女であることを知った主人公が考えたのも、それで金儲けができるっていうことの方が先にくる。 狂った天気を治して人々を幸せにするのが楽しいとヒロインが語るのは割と後になってからで、彼女にとっても一番の目的はお金を稼いで生き延びていく方向にあったと感じる。 そんな状況で、後半から人柱がどうとか言われ始めるのはどうなのか。 じゃあやめればいいじゃんとはなる。 実際、主人公は人柱説を直接聞くよりも先に晴れ女ビジネスを休業しようとしている。 人柱どうこうで悩んでいるシーンより、警察に追われているシーンの方が多い。 主人公やヒロインの家庭事情、警察に追われていること、現実が辛いこと等々と天気が狂っていることは直接的に関係がない。 そんな環境で、天気を取るか大切な人を取るかの究極の選択が生まれるはずもない。 目の前の生活で精一杯の主人公たちにとって雨がちょっとやそっと降っていることなんてストーリーの中心になることはないし、それを見ている俺たちにとってそれはあくまでも背景と演出の問題でしかない。 たとえば、君の名はのファンタ要素であるところの「入れ替わってるー!?」はそれ自体がストーリーを動かしていたし、その状況でどうやって生活するか、どうやって元通りにするか、という目的をストーリーに生み、最終的にはその入れ替わりが隕石被害を避けるために仕組まれた超常現象だったということが発覚して明確にストーリーが繋がる。 隕石被害を回避することはそのままヒロインを救うことに結び付くため、主人公がそのために奮闘する動機は十分。 君の名はのストーリーがどう評価されているかはあまり調べたことがないけど、エンタメ的にはちゃんとまとまっていると俺は思う。 それに比べると、 天気の子はファンタ要素がマジでストーリーに絡んでこない。 たぶんこっちは君の名はと反対で、天候の被害を避けるためには人柱のヒロインを見捨てないといけない。 そこの葛藤がシリアス部分になるはずの設定なのに、肝心のメインストーリーに天気が関係ないから、葛藤が生まれない。 何度でもいうけど、主人公にとって重要なのは都会で生き抜くことと警察から逃げることとヒロインと一緒にいることであり、天気なんかクソほどにどうでもいい。 ヒロインがいきなり消えるのも意味がわからない。 そうしないと都合が合わなかったのか? 現実があんまりにも辛いからファンタパワーで天気を治してそれで終わりにしたいみたいな、天気が晴れればみんな幸せになるだろうみたいな希望的観測でヒロインがそうしたとかであれば、まあ理由付けはできるけど、ストーリーとしてはあんまりにも不十分じゃないか。 そもそも序盤、主人公が晴れ女ビジネスを始める前に、彼は須賀さんちに住み込みで働いてある程度の安寧を掴み取っている。 雨降る現実の世界でどうにかこうにか既にやっている主人公はヒロインと出会わなくても居場所を得ている。 それが陽菜と出会ってからはここが自分の居場所だみたいな、彼女と出会って救われたみたいな雰囲気出されても困る。 須賀家と陽菜家は別に意味のある干渉をするわけでもないし、 須賀家は物語上の立場として非常に曖昧な存在に思える。 一応、須賀家はファンタ要素一切なしの居場所として陽菜と対比できる。 主人公と同じ元家出少年で、妻を失っても娘と一緒に住むため現実と向き合い続ける須賀さん。 ここは足掛けだと言って就職活動をする夏美。 二人とも最後は主人公と一緒に警察に抗ってくれる。 でもなんかこの辺、立ち位置がふわっとしててよくわからん。 主人公が晴れ女ビジネスで一発当てられるなら、ライター業を足掛けにする必要は別になかったんじゃないか? 陽菜が主人公に光を当ててくれるなら、須賀さんが手を差し伸べる必要はなかったんじゃないか? まあね、ボーイミーツガールとしてはいいんだよ。 ボーイとガールが恋愛してればそれっぽくはなるし。 でも結局のところ、一番ストーリーを動かしてるのは警察なんだよ。 リーゼントが主人公を追いかけてなかったらなんにも始まらないストーリーなのが納得いかない。 天気が悪かろうが晴れ女が人柱になろうが、警察に追われていなかったらこいつらのストーリーに起承転結でいうところの転と結が生まれてないし、なんだったら起の辺りでなにをするストーリーなのか怪しい。 現実に押しつぶされそうになる思春期の少年少女の逃走劇をしたいんだったら、天気なんてマジでどうでもいい。 本当に何度でも言うぞ、 主人公にとっては天気が狂ってることよりも、リーゼントが追いかけてくることの方が百倍大変なことなんだよ。 尺を見ればわかるだろ、どんだけリーゼントが画面に映ってると思ってんだ。 だから陽菜は自分を生贄に捧げることでリーゼントを破壊するサンダーボルトになった方がストーリー的には正解だった。 主人公は陽菜のおかげで助かった、世界もリーゼントがいなくなって平和になった。 でもこれじゃ陽菜さんが救われない。 だからファンタの力には頼らず、自分の力でリーゼントと戦う。 現実を受け入れて陽菜さんと一緒に暮らす。 それでよかったんじゃないの。 陽菜も帆高も勘違いしているようだけど、お前らが不幸なのは天気が狂ってるからじゃなくてリーゼントが追いかけてくるからなんだぞ。 キャラの掘り下げについて これはもう単純。 なぜ主人公が家出してきたのか? これが書かれていない。 終わり。 『あの光の中に、行ってみたかった』。 この一言が主人公のバックグラウンドのすべてであり、息苦しい島のことも、捜索願を出している親のことも、作中ではほとんど語られない。 俺たちには思春期を生きる少年少女のコンテクストが作品を超えてある程度共有されているからまあよくある感じのやつだろうと想像はできるけど、そこを省略しちゃなろうのステータスオープンと大差ない。 まさかあえて描写しないことに意味があるのか? と疑いたくなるほど主人公の背景は薄い。 そんなだから時折入るモーグも薄っぺらい。 まあ回想回想アンド回想でしかキャター付けをできないのもどうかとは思うけど、これまでの生活を全部投げ捨ててでも都会に一人でやってきた主人公を描写するにあたり、これまでの生活について一ミリも語らないのはさすがに感情移入のしようがない。 まさか、本当に背景設定をすべて投げ捨ててきたから描写しなかったのか? いやあさすがにそれは。 あとついでに言うとヒロインの背景も薄い。 お母さんなんか勝手に死んでてウケるんですけど。 オタクに感情はないから、顔も名前もわからない赤の他人が死んでることに対して共感とかできません。 キミ、ご両親はいないの? へー中学生と小学生で二人暮らしなんだ。 親戚の方は? には行った? え、じゃあどうして二人で暮らしてるの? 水商売? お金に困ってるならおじさんがいいお仕事を紹介してあげるよ…… その他の細かい点について シバタ 彼がいなければ物語は始まらなかった、この作品のキーパーソン。 拳銃捨て男ことシバタ。 予告でかっこいい須賀さんの台詞と共に銃声が鳴るシーンを見て須賀さんとシバタを結び付けたのは俺だけじゃないはず。 結局一度も姿を現さない彼は縁の下の力持ち。 なわけねーだろ話を動かすためだけに物騒なもん落とすなこの無能。 瀧くんと三葉 出てくる意味あった? 君の名はファンはこんな取って付けたような登場でも喜べるわけ? 魚 雨が魚みたいになってるのが晴れ女の代償だと思ってたけど別になんも活躍しなかった不思議なお魚くんたち。 どこかが晴れる代わりにどこかで魚たちが暴れてるみたいなことは特にない。 あったとしてもストーリーには関係ない。 アヤネとカナ 声優の名前を出してオタクに媚びたつもりか? だからそういう取って付けたようなことでファンサぶるのやめろって。 本田翼 俺が棒読みをそこまで嫌いじゃないからか、前評判ほどは気にならなかった。 というかそーつぉーどおりが一番酷いのであれを予告に入れるべきではなかった。 もちろん他が上手いわけでは決してない。 警察が無能 散々逃げ回ろうとする主人公を何度も逃がすリーゼント軍団。 よく線路走ってるときに捕まらなかったな。 フィクションではよくあることだけどね。 まとめ いや、面白かったですよ。 嘘じゃないです。 でも感想でストーリーに触れると粗が目立ちます。 お話は全体でみるとまとまりがなくて、頭でこねくり回してると見方をしてしまいますが、基本的にはボーイミーツガールとして見ておけば気持ちよくなれます。 音楽と絵は期待通りだし(音楽は君の名はの方がトあったか?)、それぞれのシーンも個別で見るとエンタメ性が強くて楽しくなれます。 後半の「みんなで逃げよう」から始まるありがちな逃走劇はエピローグまでテンポがよくて映画を見てる感がすごい。 テーマ性についても、まあ答え合わせみたいなのは野暮だと思うのでここでは自分なりの解釈で語りましたが、結構好きです。 晴れ女がどうこうとか言っておいて最後は結局雨が降ったまま「きっと大丈夫」で締めくくるのはオタク好みする。 でも 「大丈夫」についてはぽっと出感がバリバリなのでワードチョイスが微妙だと思う。 もうちょっとなにかと掛けてくれ。 大丈夫の後にタイトルを出されてもどんな反応をすればいいのか俺にはわからない。 余談だけど天気の子ってタイトルもあんまりセンス感じないね。 文句で終わる感想はどうなんだ。 yossioo.

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天気の子あらすじネタバレ!結末ラストが衝撃すぎる展開!

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感想 *ネタバレあり 今回も一目で新海作品とわかるほど美しい映像が楽しめるが、内容はめざらしく 残酷。 また、わりと はっきりとしたメタファーを用いているところも新海作品としては珍しい。 以下考察。 本作の主題は エゴと代償。 物語の前提として、日本は異常気象に見舞われている。 人間はその異常気象を疎み、晴れを願っている。 本来人間にはどうすることもできない自然現象を疎ましく思い、どうにかコントロールしたいと願う 人間のエゴが冒頭から作品全体を覆っている。 そこに天気をコントロールし、100%晴れをもたらすことができるヒロインの陽菜が登場する。 彼女は 代価をもらうことで人間のエゴを叶えるシステムのメタファー。 システムには必ず犠牲が伴い、いつか終わりが訪れる。 陽菜の存在はそれを象徴している。 美しい映像と爽やかな人物造形からつい見逃してしまいがちだが、本作の登場人物たちは 胸くそ悪くなるほどにエゴイスティックだ。 特に主人公の帆高。 親の心配を顧みず家出し、たまたま見かけた陽菜にはおせっかい、拾った拳銃を届け出ずに所持、その上発砲(護身とはいえ)。 陽菜に不思議な力があると知ると、彼女の気持ちも確認せずに すぐさまマネタイズに走る。 また、エゴではないが何かと知恵袋で質問するところも主体性がない。 正直、相当ヤバい人間だと思うのだが、いかんせん作画が爽やかで愛嬌があるので騙されてしまう。 この帆高が最後の最後にとてつもないエゴを発揮させるのだが、それは後で説明する。 須賀については誰しも納得できるだろう。 命の恩人のポジションを獲得すると、その代償として高校生に夕飯をおごらせる。 立場を利用して格安でバイトに雇う。 陽菜の力を知って娘との面会に利用、その後 陽菜が異常気象を払うことで犠牲になり消えると分かっても、その方が自分と娘に都合がいいからと放置。 また、陽菜に晴れを依頼する人たちも、自然現象を意のままに操りたいと願っている点でやはりエゴイスティックな人間であると言えるだろう。 陽菜はそんな人間と自然の間に存在するシステムだと述べた。 システムには必ず犠牲が伴い、いずれ崩壊する。 人間はその犠牲に目を瞑り、なかったことにしてシステムの恩恵を受け、エゴを満足させる。 陽菜に晴れを依頼した人達は、陽菜が犠牲になっていることすら知らない。 安くて便利な商品を手にした人が誰かの犠牲なんて考えもしないように。 ただ、陽菜を天気の子にした帆高は彼女が自身を犠牲にし、人々の願いを叶えてきたことを知る。 そこで帆高は システムの犠牲者としての陽菜を救うため動き出す。 すると陽菜自体は延命されるが、今度は自然が猛威を振るい、 異常気象となって人々のエゴそのもの(生活、仕事、インフラ等)を飲み込んでいく。 天気を操れる陽菜は、帆高の気持ちを理解しながらも、システムの犠牲という自らの使命を全うし、異常気象を止めて人々を救う。 普通の作品ならここで 「僕らは常に、誰かの犠牲の上に生きている…」というメッセージで締めるだろう。 しかし、 新海監督はそんなぬるいところでは終わらず、主人公帆高のエゴをさらに推し進めていく。 帆高はシステムの犠牲となり異常気象を止めた陽菜を救いにいく。 恐らく彼は陽菜が救われたときまた異常気象が発生することを知っていたのだろう。 それでも帆高は警察の逮捕から逃れ、恩人の須賀にも逆らってあの鳥居を目指す。 ( ちなみに、警察は完全にまっとうな理由で帆高を追っている。 逃亡する帆高の方が100%悪い)。 陽菜を助けに向かう帆高は情熱的で感動を呼ぶ流れだが、よく考えてみればこれもまた 陽菜の意志とは無関係で(陽菜は自分の意志で犠牲者となった)、帆高はただ 自分の好きな女に消えて欲しくないというエゴで動いているにすぎない。 システムの犠牲者に(不本意とはいえ)既に諦めの気持ちがあり、そのことで明らかに何千何万の命が救われるとわかっていても自分の気持ちを押し通す帆高に共感はできない。 そこで流れる主題歌「愛にできることはまだあるかい」が、あまりにも意地悪な皮肉にしか聞こえない。 帆高の暴走は愛と呼んでいいのだろうか? そうして陽菜を救った帆高はなんと陽菜にもエゴを勧める。 他人も、街もどうなってもいいから自分のために祈れと。 その結果、 異常気象は再発、3年も雨が降り止まず、東京は水没。 人命や都市機能、経済にどれだけの損失が出たかは計り知れない。 そんなことを気にする様子もなく、帆高は自分の選択を 「大丈夫だ!」と言う。 どこまでエゴイストなんだろうか? 恐らくこの「大丈夫だ!」は帆高の台詞というよりは、帆高を通して若者を観る新海監督の台詞だろう。 ここまでエゴイスティックに生きて、世界をかき回しても大丈夫なんだよ、と。 若者には響くのだろうか? 40代の自分にはさすがに響かなかった。 そのことがちょっと寂しく感じた。 本作の構造として、救いがどこにも存在しない。 1を救えば多が犠牲となり、多を救えば1が犠牲となる。 多くの答えがある中で、主人公に1を救いにいかせ、多の犠牲も描くには相当な覚悟が要っただろう。 私見だが、新海監督ひょっとして「君の名は」でさんざん童貞だの青臭いだのと批判されて怒ったんじゃないか? 僕だってここまでできるんだぞ! と己の覚悟を見せたのが本作のような気がする。 これだけエゴに突き動かされた帆高に、最後の最後で 社会と和解させなかったのも偉いと思った。 これだけ好き勝手やらせて、 異常気象は数ヶ月で終わり、またいつもの東京に戻った、陽菜は時々気まぐれに晴れをもたらしている……なんてぬるい終わり方をされていたら、新海作品は二度と観ないだろう。 本作を観て、改めて新海監督が 物語りに誠実な作家だと安心した。 書き忘れたが、 キャラのテンプレ感は次回はなんとかしてほしい。 帆高と陽菜が瀧と三葉にしか見えなかった。 【広告】.

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【天気の子】ネタバレあらすじ&感想考察!ラスト結末もチェック!

天気の子 ネタバレ

連載「小原篤のアニマゲ丼」 新海誠監督「主人公の帆高(ほだか)は終盤、大きな決断をして世界のかたちを変えてしまう。 賛否が分かれると思いました。 許せない人もいるだろうし、似たような体験をした人を傷つけるかも知れない」 今回は公開中のアニメ映画「天気の子」のお話。 邦画歴代2位となる興行収入250億円をあげた国民的ヒット作「君の名は。 」から3年、「東宝の夏アニメ」の看板を再び背負って新海監督が送り出した、自信作にして問題作です。 笑いから涙へグイグイと観客を引っ張っていく「君の名は。 」と比べれば全体に暗めでちょっと起伏が乏しいと感じましたが、結末が飛び抜けてユニークで、エンディングソングの最後の2行で完成する余韻はほかに比べるもののない深い味わい。 あとを引いて、じわじわ来ます。 19日午前0時からの「世界最速上映」を見てその日の午後に監督インタビューをして、私のレビューとあわせて既に紙面に載せたのですが、本欄ではネタバレありで、もうちょっと深く考えてみたいと思います。 まずはあたりさわりなく、ストーリーの説明から。 家出をして東京にやってきた高校生の帆高が、アルバイトで小学生の弟を養う少女・陽菜(ひな)と出会う。 彼女には、祈ることで天気を晴れにできる不思議な力があり、異常な長雨の続く東京で「100%の晴れ女」とうたいお金で晴れを請け負う商売を始めるが、「力」の代償として陽菜には残酷な運命が待ち受けていた……。 冒頭の新海監督の言葉はインタビューの時のもので、その前から「見た人の意見が分かれる」といった発言をしており、事前の私の予想は「悲しい結末なのかな?」。 「天気の子」とタイトルがちょっと似ているからって、私の発想のなんと貧困なこと! 映画を見て恥じ入りました。 「世界の運命を背負ってしまった少年少女」。 マンガでもアニメでもさんざ使い古された設定です。 でもその成り行きは、少年少女が「奇跡」を起こして世界を救ったり、あるいは少年か少女か誰かの「自己犠牲」でやっぱり世界が救われたり。 結末がハッピーでも悲しくても、ある意味、口当たりのよいところに落ち着くのが普通なのですが「天気の子」はまるで違いました。 これは映画を見る前も見ている間も、まったく予想できませんでした。 最初に脚本を読んだRADWIMPS(「君の名は。 」に続き音楽を担当)の野田洋次郎さんが「攻めてる」と言ったのもうなずけます。 天空のかなたへ陽菜を「人柱」….

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